好きな人にどうしてやさしいのか聞かれたから考えてみた。

好きな人に「なんでそんなに優しいの」か聞かれました。

その時はうまく答えられなくて、はぐらかしてしまったんだけど、ちゃんと考えようと思って。
僕なりの答えをまとめてみました。

やさしさの器

人はみんなそれぞれ自分の中に「やさしさの器」を持ってると僕は思っています。

小さい人もいれば大きい人もいる。

器が小さいとやさしさがあまり入らないし、器が大きいとやさしさがたくさん入ります。

やさしさは有限

やさしさって使うと減っちゃうんですよ。

お金に例えるとわかりやすいので例えてみますね。
やさしくない人は月収1000円。
やさしい人は月収1億円としましょう。
極端ですが。笑

やさしくない人に「1000円ください」といってもきっとくれないです。
だって1000円しかないから。
あげてしまうと自分のお金がなくなってしまいます。

対してやさしい人なら1000円ぐらいならくれるでしょう。
まぁ「お金を簡単にあげるんじゃないよ」というモラルの話はここでは無しです。
1億円持ってる人なら1000円あげても全然苦しくならないわけです。

やさしくない人はそもそもやさしさをほとんど持っていないので、人にやさしくすることに躊躇してしまうんですね。
やさしい人は人にやさしくすることにいちいち躊躇しません。

やさしい人は怒らない

やさしい人がなぜ怒らないのかも「やさしさの器」で説明ができます。
人はやさしさを消耗しきった時に怒るんです。

やさしくない人の器の大きさが10とします。
やさしい人の器の大きさが1000とします。

例えばそうですね。
街なかですれ違った人の肩がぶつかったとしましょう。

この肩がぶつかったという出来事で消費するやさしさを20とします。

やさしくない人はやさしさを10しか持っていないのでこの人は怒ってしまいます。

やさしい人は10ぐらい減っても気にしません。

とはいえ、器の中に常に満タンのやさしさが入ってるわけではないのです。
度々やさしさを使って少ししか入っていない場合はやさしい人でも怒ってしまうこともあります。

やさしさは才能

きっと皆にとってやさしいと思うラインが僕の中では普通なだけです。
いちいち僕は「今やさしくした」と認識していないでしょう。

だからこそ、僕にとってのやさしさは皆からしたら「すごいやさしい」なのかも。

「なんでやさしいの?」っと聞かれても正直僕にとっては普通のことです。
他の人にできないことを普通にできるのだからこれはきっと才能なんでしょう。

僕はこの才能に自身を持っています。
僕はやさしい人が好きだから。