人に認められるために生きてはいけない

人に認められるために生きてはいけない

 

 

僕は人の目を気にして生きている。

どうしても自分をさらけ出すことができない。

 

 

人に嫌われるのを恐れている。

認められたい。

 

 

本当に仲のいい友達や恋人にはありのままの自分でいられるのに。

 

いったいどうしたら気楽に誰とでもありのままの自分でいられるのか?

 

 

その答えを探すために勉強をしたので得た知識を同じような悩みを持つあなたにシェアします。

 

 

他者の期待を満たすために生きてはいけない

なぜ人の目が気になるのか?

 

それは「人に好かれたい。認められたい。」という承認欲求があるからだそうです。

 

 

他者からの承認を求めたり、他者からの評価ばかりを気にしていると最終的には他者の人生を生きることになります。

 

 

他者の人生を生きるとはどういうことか?

もし誰からも嫌われない方法があるとすれば、どうすればいいか?

 

それは、常に他者の顔色をうかがいながら、忠誠を誓うことです。

 

もしも周りに10人の他者がいたなら、その10人全員に忠誠を誓う。

そうすれば誰からも嫌われることはなくなります。

 

 

要するに「自分を押し殺して他人に従って生きる。」ことが他者の人生を生きるということです。

 

人から嫌われることを避け、認められることばかり考えて生きるとはこういうことです。

 

僕ならそんな人生絶対に嫌です。

 

 

 

自分に決定権のないことで悩むのは無駄なこと

そもそもの前提として他者が「あなたのことを好きになるか。認めるか。」というのはあなたが決めることではありません。

言うまでもなく他者が決めることですよね。

 

あなたや僕には操ることのできない部分なわけです。

 

要するに、決定権がなくてどうすることもできないことで悩んでもどうすることもできない。

 

 

「いやいや、だからこそ好かれるために必死に努力するんだよ。」って最初は思ったんです。

 

 

ここで一旦、他者の立場になってみましょう。

 

あなたは「他者の期待を満たすため」に生きていますか?

日頃から「○○さんのことを認めてあげよう」とか意識しながら生きていないですよね?

つまり、ほとんどの人は「他者の期待を満たすため」には生きていません。

 

他者も同じように「あなたの期待を満たすために生きている」わけではないということです。

 

相手が自分の思うとおりに動いてくれなくても、怒るようなことではありません。

それが当たり前なんです。

 

 

そもそも好かれるための努力ってなんでしょう?

 

わかりやすいのは外見を良くすることですね。

 

僕も必死に外見を良くしようとしておしゃれしたりしてみましたが何も変わりませんでした。

 

もし好かれるために外見が必要なのであれば好かれる人はみんな外見がいいことになります。

でも、必ずしもそうではないですよね。

 

僕は次にコミュニケーション能力を磨こうとしました。

元々かなりの口下手でしたが人並みには話せるようになりました。

それでも、変わりません。

 

なぜだろう?

 

その答えは今ならわかります。

嫌われることを恐れていたからです。

 

 

好かれる人はなぜ好かれるのか?

「人に認められたい。人に好かれたい。」

そもそも、好かれる人ってどんな人だろう?

 

 

あなたの中で「なんとなくこの人好きなんだよな」って思う人を思い浮かべてみてください。

その人はきっと「他人からの評価なんて気にしていなさそうな人」ではありませんか?

 

要するに「他者の人生」ではなく「自分の人生」を生きている人。

こういう人は人に好かれます。

 

いわば、僕達が目標とすべき人ですね。

 

だって、自分らしくいきいきと生きているから。

 

 

好かれる人は同時に嫌われている

好かれる人は誰からも好かれているんでしょうか?

もちろん誰からでも好かれるわけではありません。

 

驚くかもしれませんが好かれる人ほど嫌われることも多くなります。

 

 

わかりやすく数値にしてみましょう。

あなたの周りに100人の人がいるとして、「他者の人生」を生きている人はこうです。

 

【あなたのことが】嫌い5人、好き5人、興味なし90人

 

 

対して、「自分の人生」を生きている人はこうです。

 

【あなたのことが】嫌い30、好き30、興味なし40

 

 

あくまで数値はイメージですが、僕のいいたいことは伝わっていますか?

 

 

 

「他者の人生」を生きていれば嫌われにくくなります。

でも、同時に好かれることもなくなります。

 

「他者の人生」を生きている人は周りの評価を気にしてありのままの自分を出せない。

その結果嫌われることは少ないけど、好かれることも少ない。

ほとんどの人は僕達に興味すら持ちません。

 

 

「自分の人生」を生きている人はありのままの自分を出しているから、その部分に共感する人は好きになるし、気に食わない人は嫌いになる。

 

 

ありのままの自分を出せば出すほど好きか嫌いかがハッキリするということです。

 

 

嫌われる勇気を持とう

「他者の人生」を生きている人は結局ほとんどの人にとってはどうでもいい人でしかありません。

悲しいことに。

 

だって、よくわからない人のことを好きになれといわれても無理がありますよね。

 

 

人に好かれるということは自分がどういう人間なのかを表現していかないといけないわけです。

これは同時に嫌われるということ。

 

 

嫌われることを恐れていたら好かれることはできないということです。

 

大事なことなのでもう一度いいます。

 

人に好かれるためには嫌われる勇気を持たないといけないといけません。

 

 

すべての人に好かれることなんてできない

100人中100人に好かれることなんてできません。

 

正直50人でも難しいでしょう。

 

どれだけ知名度があって人気の芸能人でも大半の人にとっては特に興味はないはずです。

その人を好きな人・嫌いな人はそう多くないでしょう。

 

人を例にするのもその人に申し訳ないのでキャラクターにしましょう。

 

そうだなー。「ドラえもん」にしましょう。

 

あなたは「ドラえもん」好きですか?

ドラえもんは間違いなく知名度があって人気のキャラクターでしょう。

僕は子供の頃ドラえもんが大好きでした。

 

でも、大半の人にとっては好きでも嫌いでもないはずです。

好きで好きで仕方ないという人は100人いたら1人とかじゃないかな。

なんなら1%もいないかもしれません。

 

それでも人気なわけです。

 

僕がいいたいこと伝わってますか?

 

 

人にとってほどんどの他者は特に興味のない人です。

あなたがこれまで出会ってきた人の中で「好きだな」って思える人は何人いますか?

1%もいないんじゃないでしょうか?

 

誰かにとっての、その1%になることは途方もなく大変なことです。

 

 

それを目指して必死に人の目をうかがいながら生きるのはとても辛いことです。

 

ましてや「他者の人生」を生きていたんじゃその1%すら手に入らない。

 

 

他者の人生を生きている人の行動

他者から認めてもらおうとするとき、ほぼすべての人は「他者の期待を満たす」ための行動をします。

「適切な行動をとったらほめてもらえる」という前提で。

 

しかし、生きる目的が「他者の期待を満たすこと」になってしまったら、その人生は相当に苦しいものになります。

なぜなら、いつも他者の視線を気にして他者からの評価に怯え、自分を偽って生きていかないといけないから。

 

 

 

嫌われることは苦しいですね。

できれば誰からも嫌われずに生きていたい。

承認欲求を満たしたい。

 

 

でも、すべての人から嫌われないように立ち回る生き方は、不自由きわまりない生き方であり、同時に不可能なことです。

だからこそ、苦しい。

 

人に嫌われないように生きることはそれそのものが自分を苦しめることになります。

 

 

嫌われるのは怖い

それでもやっぱり僕は嫌われるのが怖い。

 

 

ただ、「どうせ全ての人に好かれるなんて無理なんだ」という前提は大事だと思うわけです。

 

その前提を持って、自分を表現していけば少しずつ世界が変わっていく。

 

自分を表現すればするほど好きになってくれる人が増えるのだから、それでいい。

ありのままの自分を嫌うような人のことなんて気にする必要はない。

そんな人には嫌われたっていい。

 

ありのままの自分を受け入れて認めてくれる人を大事にしていきたい。